「好きな事して生きよう!!」みたいなワードはピンッとこないと思う

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多くのビジネスパーソンには、

 

「好きな事して生きよう!!」

 

みたいなワードはピンッとこないと思う。

 

おそらく、本屋でその類いの自己啓発本を買って、何となくテンションが上がり、そして、何となく落ち込むという流れかもしれない。

 

今、自分が生きている環境を見回せば、好きな事して生きてる人がリアルにはいないだろうと思う。

 

本か講演会ぐらいでしか出会えないのじゃないだろうか。

(そこに触れるのも少数だと思うし)

 

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別に好きに生きなくてもいいと思う。

 

ただ、働いている時間、その人は本物なのかな?とだけ思う。

 

私はかつて何の疑いも無く、がむしゃらに会社員をしていた。

 

それはそれは会社に滅私奉公していたと思う。

 

それは真実だけども、ただ、それが自分本来だったかと聞かれれば違っていた。

 

熱病に冒された様に、何も考える事なく、何も感じる事もなく、仕事をしていた。

 

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好きに生きるというのは何かフワフワしている感じがする。

 

志に生きてみるというのがしっくりくるのではないだろうか。

 

部下のため、職場のため、会社のため、家族のため、何より自分のために、一所懸命頑張っている。

 

どうせなら、それを志まで引き上げてみてはどうだろうかと思う。

 

競争で勝ち負けに生きている限りは、獲るか獲られるかのゲームでしかない。

 

しかも、それはどんどん激しくなっていく。

 

もっと激化し、もっと効率を上げ、もっと利益を大きく・・・

 

おそらく、人間が壊れるか、地球の資源がなくなるまでその競争と拡大のゲームは終わらないと思う。

 

だって、根本は不安から始まっているから。

 

自分は価値を生まないと、価値がないという不安から、自分を競争に駆り立てているから。

 

根本が「ない」から始まっているから、一時的な満足以上に満たされることはない。

 

どうせやるなら、こんな苦しい状況を肯定して、頑張り続けるんじゃなくて、

子供や子孫に誇れる様な仕事を創っていくことに集中してはどうだろうかと思う。

 

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異常気象、水不足、森の減少、天然資源の枯渇・・・

 

お金や便利がほしくて、地球環境に狼藉をしてきた結果、住めなくなる一歩手前まで来ていることはみんな知っている。

 

今、利益を追いかけ続けるということは、その流れを肯定し続けるということ。

 

それに気付かないフリをしているだけ。

 

今、目の前の仕事の目的を、利益追求から志の追求へ変えたら、何が変わるだろうか?

 

自分の真実を生きることが一番の貢献だと思う。

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