私はこんな人生を歩んできました(大学〜就職)

「大学へ」

大学では、歴史学を学びたいという気持ちを持ちつつも、就職に有利という周りの意見を採用し、二番目に好きだった商学部へ進学。

しかしながら、入学式当日にここはつまらないと思ってしまい(思えば、意にそぐわない選択したからそう聞こえたと思います)、他校への再受験を真剣に考え、参考書を買い揃える。にも関わらず、始まった大学生活の楽しさに、そんなことはいつしか忘れてしまい、どっぷりと学生生活を満喫。

 

就職時期となり、自分がどうしたいのかわからないことに気づく。時はバブル後の就職氷河期。周りからは厳しい・安定第一の話ばかり。何となく大企業で自分を試したい、自分を成長させたいという思いから、大手企業を片っ端に受検。

 

ご縁を頂き、大手情報通信企業へ内定。

 

入社の理由はこれから情報通信が伸びそうだったから。そして、自分はアナログ人間でデジタルは不得意分野。不得意が得意になったらスゴイだろうなという漠然とした思いを抱いたためでした。

 

就職を周りからはびっくりされ、親からは喜ばれ、本人は何となくワクワクしないなぁと気づきつつも、これでよかったと言い聞かせました。

 

「会社員」

入社後は案の定、コンピュータ好きで学生時代から情報通信を学んできた人が多数。自分はいきなり落ちこぼれと気づき、サバイバル意識が燃え上がりました。

 

興味が無い反面、逃げたくない気持ちもあり、葛藤が続き苦しくなりすぎて至った結論は、考えたり感じることをやめるということ。

とにかく目の前のことをつべこべ言わずにやることを決意。(ロボットになることをイメージ)

 

仕事の好き嫌いを封じると、理想的な仕事人間になれるようで、成果はどんどん出ました。

ジョブ・ローテーションの多い会社でしたので、電話機の販売に始まり、システム開発やマーケティング、人事などの仕事を2~3年のサイクルでどんどん変えていきました。

 

新しい企画を練ったり、人とお金を集めてプロジェクトを立ち上げたりと、形が無いところから何かを作り上げていくことが性に合っていて、速いサイクルで仕事に変化があったのが良かったです。

 

ただ、異動の度に、前歴が通じない職場で自分はやっていけるのだろうかという不安と、とにかく周りの期待に応えて成果が出したいという気持ちでした。

 

20代から30代前半にかけては、会社の要請に応えようと必死でした。

何も分からない中でも手探りで答えを導き出す術や、アイディアを具現化していく構想力やロジック力が鍛えられました。

 

ソフトウェア開発では、慣れない設計書を書き、プログラミング、テスト、バグ修正、リリース、トラブル対応の日々。

また、新たなITサービスや販売グループの戦略立案として、サービス企画や販売計画、人員計画、収支計画の策定などをいくつもやりました。

 

朝から晩まで働き、気がつくと、本当にロボットの様になっていました。

 

思考が、自動的に効率と損得で判断する様になっていて、(自分では気づいていなかったのですが)心の底からは冗談も言わないし、笑いもしない様になっていました。

 

このあたりで気がつけばよかったのですが、当時は、自分の能力が足りないせいで、こんなにしんどいんだ。さらに能力を高め、上位(?)の仕事に就けば、幸せになれると本気で思っていました。

 

そして、ロジック力の強化をさらに加速させました。

この時期に、ビジネス・スクールや中小企業診断士の資格取得も行いました。

 

気持ちは疲弊していますが、もはや自分ではわかりません。肩こりや頭痛もひどいのですが、ずっとそんな状態なので、慣れてしまいます。

 

ここまで追い込むと、成果も出ます。

結果的に出世もトップグループ、家族にも恵まれていましたので、周りから見れば、人生は順調そのもの。賞賛され自尊心も満たされました。

 

一方で、自分が何者で、何がやりたいかはわかりませんでした。

聞かれても答えられないので、(無意識に)いつも会社や周囲が期待することを目標として取り組んでいました。

余計なことを考えずに済みましたし、そうすることが良いことだと言い聞かせてもいました。

そうすることでみんなハッピーですからね(自分以外は)。

 

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